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東京地方裁判所 昭和38年(行)10号 判決 1964年4月01日

原告

坂本重威

右訴訟代理人弁護士

津田騰三

阿比留兼吉

被告

文部大臣

灘尾弘吉

右指定代理人

家弓吉己

ほか四名

主文

1  被告が昭和三八年二月一日付文管振第二七六号をもつてした学校法人紛争に関する法律第三条に規定する学校法人紛争調停委員に調停を行わせないこととした処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事   実(省略)

理由

一、本訴の適否について

(一)  原告は被告に対し、昭和三七年五月四日付で学校法人紛争の調停等に関する法律(以下単に調停法という。)第三条に基づき学校法人千葉工業大学(以下単に千葉工業大学という。)の紛争解決を求めて調停の申立てをしたところ、被告は、これに対し、昭和三八年二月一日付文管振第二七六号をもつて、調停法第三条に規定する調停開始の要件に該当するとは認められないとして、学校法人紛争調停委員に調停を行わせないこととする旨の処分(以下本件処分という。)をし、同月四日その旨の通知が原告に到達したことは、当事者間に争いがない。

(二)  そこで、調停法第三条に規定する学校法人紛争調停委員に調停を行わせないこととした本件処分は、抗告訴訟の対象となりうる行政庁の処分にあたらないという被告の主張について検討する。

調停法による調停は学校法人の正常な管理を図り、もつて私立学校における教育の円滑な実施に資することを目的として行なわれるものであることは調停法第一条の規定により明らかであるが、このことから調停法第三条に規定する当事者の申出が所轄庁の職権の発動を促すものにすぎないものということはできない。

調停法第三条は、その規定自体によつては、同法第二条にいう当事者すなわち、学校法人紛争がある場合における当該紛争に係る役員又は評議員(当該紛争により学校法人の役員又は評議員の地位を失つた者を含む。以下同じ。)に対し、第三条に定める調停開始原因のある場合、すなわち、学校法人紛争が生じ、これにより学校法人の正常な管理および運営が行なわれなくなり、かつ、そのため当該学校法人が法令の規定に違反するに至つたと認められる場合に、学校法人紛争調停委員(以下、調停委員という。)に調停を行なわせるべきことを所轄庁に求める権利を与えたものであるか否かは必ずしも明白でない。(第三条が、当事者の申出のほか、私立学校審議会等の建議により、または所轄庁の職権をもつて調停を行なわせることができるものとしていることは、この点の解釈を左右する根拠とはなしがたい。)しかしながら、同法が第三条において調停開始原因たる要件を具体的に定め、かつ、かかる要件の具備する場合において当事者の申出があるときは、所轄庁において調停委員に調停を行わせることができるものとしていること、学校法人紛争が解決され、その正常な管理運営が回復されることは当該学校法人自体にとつてはもちろん当事者の地位、職責上、当事者にとつても利益であり、調停手続の開始が紛争解決の機会を与える意味において当事者にとつて利益であると認められること、第三条に定める調停開始原因があり、かつ、紛争解決のために調停手続の開始を申し出たときは、その開始を妨げるべき公益上の必要に乏しいこと等を考慮すれば、調停法が私立学校における紛争解決のため調停委員に調停を行なわせることとしているのは、前記のように、主として私立学校における教育の円滑な実施に資するという公共の目的に出たものであることはいうまでもないが、他面、同時に、同法第三条に定める調停開始原因のあるときは、紛争の解決のため当事者に調停手続を利用させることによつて紛争解決の機会を与え、もつて学校法人および当事者の利益を保護しようとする意図をも有するものと解すべく、当事者は、同条に定められる限り、所轄庁に対し、調停委員による調停を行なわしめるべきことを求めうる権利を同条により与えられているものと解するのが相当である。

そうであるとすれば、調停法にいう当事者にあたるとして同法第三条により調停を申し出たにもかかわらず、調停委員に調停を行わせることはしないという処分をうけた者は、右の調停手続利用権を侵害されたことを主張して調停を行わせないこととした処分の取消しを裁判所に訴求することができるものというべきである。このように考えると、学校法人紛争調停委員に調停を行わせないこととした本件処分は抗告訴訟の対象となりうる処分であるということができる。したがつて、被告の本案前の主張を採用することはできない。

二、本件処分の適否

(一)  調停手続開始の要件―調停法第三条

所轄庁が調停法に定める学校法人紛争の当事者と主張する者から調停の申出をうけた場合、同法第三条による調停手続開始決定をするためには、当該申出が、(イ)申出人が同法第二条第四項に規定する当事者にあたること(ロ)申出にかかる学校法人に学校法人紛争が存在すること(ハ)当該学校法人の正常な管理および運営が行われなくなつたこと(ニ)そのため当該学校法人が法令の規定に違反するに至つたことの四つの要件を充足するものでなければならないことは、調停法第三条の規定により明らかである。そこで、以下において、原告の調停申出にかかる千葉工業大学の案件が右の要件を充足するものであるかどうかについて検討する。

(二)  事実関係

当事者間に争いのない事実に、(証拠―省略)を総合すると、次の事実が認められる。

千葉工業大学においては、昭和三一年一一月ころ当時学長であつた田中敬吉が教授武藤誠孝に辞職勧告をしたことから若手教授らが田中学長の退陣を求めるに至つたため間もなく同学長が退陣を余儀なくされるという事件があつた。当時同大学の常務理事をしていた原告(同大学の卒業生で戦後早くから同大学の役員の地位にあつた。)は、田中学長の退陣と同時に常務を辞し平理事となつていたが、後任の常務理事が病に倒れたため昭和三二年九月再び常務理事に就任し、田中学長排斥運動に責任のある教授のかく首に乗り出そうとした。ところが、この計画が一部教授に漏れたことと原告がもと軍人で教授や学生等に対する応接態度等に軍隊調が抜けず強圧的であるという印象を与え反感を招いていたこと等のため、昭和三三年六月学生らの多数が、原告には学内行政および教育研究につき破壊行為、職権濫用、校費乱費ありとして、原告の退陣を求める運動をおこし、この運動は学生ストにまで発展した。そこで事態を憂慮した理事長川崎守之助は、同月二八日理事会を招集したが、同日理事会が開かれる前、同人は原告を東京都中央区にある川崎定徳株式会社会長室に招き同席の理事佐久間徹、監事長谷川亀次郎とともにこもごも原告に対し、事態を鎮めるためには原告が理事を辞任する以外に方法がないと述べて原告に辞任を勧告したところ、原告は常務理事の職は辞任するが平理事として残りたいと答えたが、川崎理事長らは、理事辞任願のひながたを原告に示し原告の退陣を求めている学生らに示すために形式が必要であるとして原告から、日付を記入しない理事辞任願を提出させた。そして、同日財団法人交詢社で開かれた理事会において、「原告の申出により、常務の任を解き、当分の間引継事務および渉外関係を依頼する。理事としての任期は今期限すなわち昭和三四年三月末日とする。)との議決がなされ(原告は、従前より理事であり、昭和三二年四月二四日改選により理事に重任されているところ、千葉工業大学の寄附行為によれば、学長たる理事を除くその他の理事の任期は四年とされているから昭和三四年三月末日はまだ任期中であつた。)、原告も同日の理事会議事録に署名押印したが、原告は真実昭和三四年三月末日限り理事を辞任する意思はなかつた。その後、昭和三三年一二月二三日に開かれた理事会において、理事古荘四郎彦より原告を常務理事に復帰させようとする提案がなされたが、結論に達せず、翌三四年一月になつて教授側から原告の復帰に反対である旨の意向が理事長に伝えられた。次いで昭和三四年二月二四日開かれた理事会において再び原告の進退問題が採り上げられ審議がなされた末、古荘理事より、原告に対し、「理事長が学生等に原告の理事としての任期は三月末日限りと約束したのであるから、三月末日で一応やめてくれないか」との申出があつたが、原告が承諾しなかつたため結論が得られず、同年三月に開かれる定例理事会において決定することとなり、継続審議となつた。ところが、川崎理事長らは、右昭和三四年二月二四日の理事会において学校経理の不正につき理事安藤儀三らから追及されるに至つたので、さらに追及されるのを恐れて同年三月の定例理事会を招集しなかつたので、原告は評議員豊田耕作のすすめにより、念のため、昭和三四年三月三〇日付で千葉工業大学理事長あて、さきに提出した辞表を撤回する旨の書面を送り、右書面は翌三一日到達した。しかるに、川崎理事長は、右のように継続審議に附されていた原告の進退問題について何ら理事会に諮ることなく、同年四月一四日原告が同年三月三一日理事を辞任した旨の登記手続をした。なお、この間、同年三月三〇日評議員豊田耕作ほか九名(原告および理事青木運之助、同安藤儀三を含む。)は川崎理事長に対し、決算報告等を求めて評議員会の招集を要求したが、同年四月一八日に招集された評議員会は、定足数に達せず流会になつたので、豊田耕作は同年五月から六月にかけて川崎理事長および佐久間理事を背任および業務上横領で告発した。ところで、これより先、昭和三三年一月当時文部省調査局企画課長であつた関野房夫より常務理事であつた原告に対し、次いで同年三月当時習志野市長であつた白鳥義三郎より常務理事であつた原告および学長代理であつた武居文助に対し千葉工業大学を専修大学に合併することについて話があり、後の場合には、これを理事会に諮るよう原告らに依頼がなされたが、さらに学生騒動の直後である同年七月五日には川崎理事長より原告に対し「前水戸商工会議所会頭風戸元愛より、専修大学理事長川島正次郎の意向として専修大学が千葉工業大学を買いたいとの話があつたので、七、五〇〇万円で売るようにしたい。」との話があつたが、原告はこの大学身売り案に反対であつたので黙殺していた。ところが、川崎理事長は、前記のように学校経理の不正を追及され学校経営に意欲を失つていたので、たまたま知り合つた肥後亨にこの身売り問題の処理について依頼したところ、肥後亨は、昭和三四年一〇月二三日持廻り役員会と称して川崎理事長名義で(イ)役員は全員辞任することとし、辞任届を一応理事長に預け新役員就任の時この辞任届は受理されるものとすること(ロ)新役員選考については、川島正次郎らに一任すること等について賛否の意見を徴する書面を登記簿上の各理事および監事の回覧に供し、理事青木運之助、同安藤儀三、監事田中聖賢の三名を除く他の役員から賛成の趣旨の押印を得たうえ、その事実がなく、しかも同人は私立学校法第三八条第五項、学校教育法第九条第二号に該当する欠格者であるにもかかわらず、昭和三四年一一月一六日千葉工業大学の理事会が開催され、その議決によつて同人が理事に選任されたと称して、翌一七日その旨の登記手続をしたが、同月二五日千葉地方裁判所より同人の職務執行を停止する旨の仮処分命令(安藤儀三、田中聖賢の申請)が発せられてからは、同大学の事務局長と称して行動し、同年一二月三日何らその事実がないのに、理事会が開催され、その議決によつて豊田耕作が理事に選任されたとして翌四日その旨の虚偽の登記手続をし、同月七日何らその事実がないのに、理事会が開催され、その議決によつて川島正次郎が辞任した佐久間理事に代わつて理事に選任されたとして同日その旨の登記手続をし、同月八日には同様その事実がないのにかかわらず、川島正次郎が、辞任した川崎理事長に代わつて理事長に互選され、理事長に就任したとして、その旨の登記手続をした。このように虚偽の就任登記がなされただけで選任手続が存在しなかつたにもかかわらず、川島正次郎は、その後千葉工業大学の理事長として行動し、同月二七日東京都千代田区にあるグランドホテルに理事会を招集し、原告主張のように川島正次郎らの理事選任確認等の議決(事件処理費名下に川崎理事長らに合計二、五〇〇万円以内を支出する件を含む。)をした。そして、昭和三六年四月二四日までに正当に選出された従来よりの理事はすべて退任し、現在の登記簿上の理事は昭和三六年六月一二日以降に選出されたことになつている者であるが、これに対し、原告、安藤儀三および青木運之助らは、現在の登記簿上の役員の地位を争い同人らがなお理事であると主張しており、原告はその主張のような民事訴訟および告発事件を提起して抗争しているうち、調停法が施行されたので、原告および青木運之助、安藤儀三は、所轄庁たる被告に対し、調停法による調停開始を申し出た。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(三)  右事実関係と調停手続開始の要件

(1)  右事実関係よりすると、昭和三三年の学生運動に端を発した千葉工業大学の紛争は、その底に川崎理事長らの不正経理問題と大学身売問題とが密接に結びついて存在し、この二つの問題を基因として原告の理事解任、肥後亨の理事選任、川崎理事長一派の退任、川島正次郎一派の役員選任等をめぐる問題へ形を変えて発展したもので原告ら反理事長派(原告のほか青木運之助、安藤儀三、田中聖賢ら)の相手方は川崎理事長一派から川島正次郎ら一派に変つたけれども、これらの問題は一個の連続した学校法人紛争の一環をなすものとみることができる。したがつて前記のような事実関係のもとでは、遅くとも、原告が理事を辞任したものとされる昭和三四年三月末日ころには理事たる原告らと川崎理事長らとの間には紛争があつたものというべく、しかも、原告の辞任は右紛争に基づくものというべきであるから、仮に原告の辞任が有効であつたとしても、原告は調停法第二条第四項にいう当該紛争により役員の地位を失つた者にはあたるものというべきである。

(2)  次に、千葉工業大学においては川崎理事長らの地位を引き継いだとする川島正次郎ら現在の登記簿上の役員とその地位を争い自己が理事であると主張する青木運之助、安藤儀三および原告らとの間に紛争が現在もなお存することは前記のとおりであるから、調停法にいう学校法人紛争が現存することは明らかである。

(3)  第三に、前記昭和三四年一〇月二三日の持廻り理事会の決議と称せられるものは、書類の回覧により理事の個別的な同意を求めたものにすぎず、集会の形を省略した点で理事会の決議として効力がないだけでなく、本来理事会において選出すべき役員の選任((寄附行為(甲第二号証)第八条、第九条))を局外者たる第三者に白紙委任している点でその決議は違法無効であり、登記簿上豊田耕作を理事に選任したという昭和三四年一二月三日の理事会および川島正次郎を理事に選任したという昭年三四年一二月七日の理事会の決議はいずれも有効に存在しないから、豊田耕作および川島正次郎は無権限というほかはなく、その後川島正次郎が理事長として招集した理事会において選任された役員またはその理事会において選出された評議員(寄附行為第一五条、なお第一六条によれば評議員の任期は二年)の互選によつて選任された役員はすべて正規の役員ではないものといわざるを得ない。ところが、現在の登記簿上の理事は、すべて昭和三六年六月一二日以降に川島正次郎によつて招集された前記のような理事会の決議または評議員の互選によつて選任された者であるから、全員無権限というほかはない。したがつて、千葉工業大学においては正常な管理および運営が行われていないというべきである。

(4)  第三に、このように正規の役員が学校法人を管理していないことが法令の規定に違反するものであることはいうまでもない。

したがつて、原告の本件調停申出は、調停法第三条に定める前記調停手続開始に必要な四つの要件を充足しているということができる。

(四)  そこで、原告の調停申出が右要件をいずれも充足するとしても調停を開始するかどうかは被告の自由裁量に属するから、本件処分は何ら違法ではないという被告の主張について検討する。

前に述べたとおり、調停法第三条は紛争当事者に同条の要件を具備する限り紛争解決のため調停手続を利用する権利を与えたものであると解される以上、要件が充足されているのに調停手続を開始しないことは右調停手続利用権を侵害することになる。したがつて、調停手続を開始するかどうかは被告の自由裁量にまかせられていると解すべきではなく、要件が充足されている限り、被告は調停手続を開始するようき束されていると解すべきである。

してみれば、本件処分は違法というほかない。

三  むすび

以上の理由により、本件処分を取り消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(裁判長裁判官位野木益雄 裁判官田嶋重徳 裁判官小笠原昭夫)

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